2011年07月21日

【佐用の森便り】No.9

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佐用町・奥海の山での間伐作業再開について
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7月22日(金)、兵庫県佐用町の最北端に近い「奥海(おねみ)の山」での間伐作業を再開します。佐用町森林組合作業班(通称 山守り)佐用町出身の当団体スタッフ福岡洸介を中心に計3名で行います。

 2009年兵庫県佐用町を襲った豪雨水害支援をきっかけに佐用町に入り続け、今年の2月、「佐用町復興支援」と銘打って「竹炭祭り」を佐用の地で開催したところ、約1,000の人たちが参加してくださり、佐用の人たちを大いに元気づけることができました。その後3年目の佐用町との関わりを継続していかなければと考えていた矢先に、東日本大震災が発生し当団体もしばらくそちらにエネルギーを注いでいたために、実質佐用での活動を休止していました。

 ところが5月末頃に、東日本の被災家屋の床下に竹炭を入れてあげれば、「脱臭・調湿」の効果もあり、喜ばれるのではないかと思い始めたときに、偶然宮城県石巻から「竹炭を公民館の床下に入れたいので提供してくれないか」というご依頼がありました。そこで6月はじめから佐用町上月(こうづき)竹炭組合の指導のもと竹炭を焼き、約1トンを石巻に運びました。

 この活動をきっかけに、「水害の原因は山が管理されていないからだ」と言う気づきのもと佐用町の最北端に近い「奥海(おねみ)」集落で間伐作業などの山林整備活動を再スタートさせました。水害に対処するには山だけではなく、川そのものとの向き合いも必要になり、やがて海へとつながっていくという総合的な理解をしていかなければ、水害による被害を軽減することはできないという結論に至り、これまで以上にまず奥海集落に関わることの意義と奥深さを感じています。

 また同時に未曾有の東日本大震災を受けて、あらためて自然の驚異を思い知らされました。佐用水害をきっかけに佐用の山林あるいは川と向き合っていると、自然との共生、共存そして災害とのつきあい方、さらに少子高齢化社会における「限界集落」の厳しさなどがひしひしと身にしみて来ます。まだまだ「入り口」にも行き着いていないのですが、どうもこれから変遷していく奥海の姿と東日本の復興の姿が重なって見えてくるような気がしてならないのです。

 是非みなさん、これからの佐用町での復興支援活動に積極的な参加をお願いします。

2011年7月21日
被災地NGO恊働センター 村井雅清

*なお、この奥海での活動は、“奥海の森 地元学実践塾”開講を目指しての活動と位置づけており、トヨタ財団2010年度地域社会プログラムからの助成をいただいています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:08| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

【佐用の森便り】No.8

6月26日に兵庫県佐用町での山林整備事業を再開しました。
再開初日、佐用町奥海(おねみ)集落の山守さんのお話を聞きました。
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

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6月26日 奥海集落の山守・Yさんからのお話
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1993年に町全体が水道に加入することが求められましたが、各谷に豊かな川を持つ奥海の住人は不要であると強く反対しました。このときの奥海の川は旧佐用町の水源の一部を担っているほどだったのです。

その二年後の1995年に奥海に戻り自治会長になられたYさんは、今後を考えて、まず各戸に対して単独水洗トイレ(浄化槽)の設置を求めました。住民は、例え浄化しても川に屎尿を流すことに反対していましたが、やがてYさんの説得に応じてくれました。また、この頃、木が間伐されずに成長したために川の水量が減少していたため、集落全体が町水道に加入したくなったそうです。ですが、町水道側は今更奥海に水道整備は出来ないと断られてしまいました。関係機関に赴き何度も交渉した結果、佐用の水源を汚さないことに貢献している単独水洗トイレ(浄化槽)が評価されて、他の集落よりも安価に水道を設置することができました。

奥海、若洲(現在は無人集落)、上石井、下石井の四地域をまとめて石井地域と言います。昔、石井木炭といえば近畿において有名で、木炭400俵を焼けば一年間家族が食べていけるほどでした。しかし、ガス・灯油の普及により、炭の需要は落ちていきました。

そして、国の推奨するスギ・ヒノキの植林が始まったのですが、奥海では台風により倒れたり、外材に押されて採算がとれなくなりました。昔は、4トントラック一杯で40〜50万円程だったそうです。他に推奨される事業に手を出した方(10年後に借金が残るだけという方が多かったそうです)や、働きに出る方(Yさんはこちらでした)が出てきました。スギ・ヒノキの価値を信じる方に山は売られ、木の手入れがされず風倒木も多くなりました。こうして、山を省みる人は少なくなりました。

奥海を出てしまう方が多くなって、石井木炭で繁栄していた時は300人以上いた人口が、現在では100人を切ってしまいました。奥海の秋季大祭といえば露店組合が来るぐらいに賑わっていましたが、現在は役員たち数人が獅子舞を奉納するだけになってしまいました。

Yさんは奥海の山約3000ヘクタールの内、1000ヘクタールほどを管理されています。1990年代の頃は山番に地主から給金が出ていましたが、山の価値が下がったため出し惜しむ方や、Yさんに山を譲るという方もいらっしゃるようです。

こういう状況は各地で見られるため、国・県で資金を出し合って個人負担無しで間伐を行うようになりました。それは、良木を育てれば100年以上後に利益が出るのでは、という途方もない希望をかけているからです。現在でも、樹齢が高く太い木は高値で取引されているからです。

間伐作業の写真を見せてもらいましたが、こんなにも密生していることに驚きました。作業後の日光の入り具合が大分違ってくるので、木の生育が楽しみです。昔は、人口がたくさんいたと何度か聞いていましたが、その時代の具体的な生活は始めて聞きました。エネルギー事情の変化と国に翻弄されてしまった集落はここだけではないと思います。国の推奨事業に手を出すのは、少し怖いと思いました。安さ・便利を追求するばかりでなく、足元をよく見て何が大切なのか考えて行動していきたいです。
(境智子)
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2011年06月24日

【佐用の森便り】No.7

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

スタッフ福岡洸介は竹炭焼きに汗を流しています。
境は先日、町の方々とのお茶会に参加しました。
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6月15日:二度目のお茶会
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スタッフ福岡が炭焼きに集中している間、私一人でコミュニティの人たちが集まるお
茶会に参加しました。道に迷い、狭く見通しの悪い道に怯えながら、どうにか集会所
に到着。
2011_0615奥海の皆さん.jpg

自治会長さんと民生委員の方へのご挨拶もそこそこに、持参したお土産のお菓子を
渡しました。みなさん喜んで下さって、こちらも嬉しくなりました。竹炭焼きの話をお聞
きしたり、間伐材の利用法について相談したりしました。民生委員さんは薪でお風呂
を沸かしているそうですが、やはり質の良い木の方が保ちや火力がよいとのことです。
新たな課題ができてしましました。

お話も一段落ついた頃、くじ引き大会が始まりました。皆さん賑やかに、番号を言って
下さいます。探すのも一苦労です。一番人気の賞品はバケツでした。当てた方は皆
からうらやましがられていました。記念に一枚。私に「ほら、おねえちゃんが真ん中い
きなよ」って仰って下さった方も。最初よりも笑顔がいっぱいで、絆が深まったでしょう
か。

ここで社協のEさんのご登場です。お忙しいのにわざわざ来て下さいました。くじ引き
大会に間に合わなかったのですが、せっかくなので私が当てた賞品を差し上げまし
た。そろそろ良い時間なのでお開きです。26日に行う足湯に参加をお願いしました。
お片付けにも参加させてもらえて、少しずつですが受け入れてもらえているような気
がしました。

ついでに5月24日に植えた大豆の様子を見に行こうと思っていたら、自治会長さんか
らお誘い下さいました。なんと、ダムにも連れて行って下さるとのことで、喜んでついて
行きました。大豆は大分大きくなっていました。雑草よけをしている方が成長が良かっ
たです。キュウリは小さな実ができていたし、トマトも小さな青い実ができていて、夏
休みに小学生が採りに来るまで保つかなあと仰っていました。
2011_0615大豆比べ.jpg

お礼を言いながら、奥海を後にしました。兵庫出身でもない私が受け入れてもらえる
か不安でしたが、杞憂だったみたいです。きちんと真心を込めれば、世代に関係なく
仲良くしてもらえるのだなあと、初夏の山中で思いました。26日の足湯も楽しみです。
(境智子)
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posted by 被災地NGO恊働センター at 15:23| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月15日

【佐用の森便り】No.6

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

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6月3日:奥海の安本さん
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奥海の安本さんにお会いしに行きました。
この方は山守りさんで、昨年も間伐のご指導をしてくださいました。
美味しいスイカを頂きながらのお話はどれも面白く、ずっと聞いていたくなりました。
安本さんのつくるお米があまりにも美味しくて、とても人気であること。
奥海の山は昔からの伝統で、留山にしないとのことだったが、それに乗じた奥海以外の「松茸狩りの人によって根こそぎ松茸を掘り起こされたこと。
芋や筍などの農業のこと。
ブラジルで大成功しているご親戚の方のことやブラジルへ移住した日本人のこと。

夜は、佐用の南光地域福祉センターで、災害ボランティアについての報告会に参加しました。
社会福祉協議会の方からお誘いいただきました。一番衝撃的だったのは、冊子に当団体の「まけないぞう」への協力をお願いする内容が記載されていたこと。もう、どれだけ感謝すれば良いのかわかりません。本当にありがとうございます。

会の内容で印象に残ったことは以下です。
銀行の引き出し等の手続きが手作業で行われているため待ち時間がとても長く、義援金が手元に届かないこと。
そのせいで、避難所内で経済的格差が生じていること。
ボランティアを受け入れる体制がととのっていなかったために、ボランティアの制限を行ったこと。

(境智子)
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2011年06月13日

【佐用の森便り】No.5

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。
スタッフ福岡洸介とともに、竹炭窯に火入れしたときの様子の続報です。

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6月1日:再度の火入れ
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5月27日に福岡さんが小窯に火を入れておいてくれていたので、昨日それを開けました。
初めて見る窯から出したての炭に、感動しました。
また、案の定生焼けだった大窯に、もう一度火をいれることにしました。
竹炭組合の福井さんと内海さんが来てくださいました。
大窯はしたことがないそうですが、色々なアドバイスを下さいました。
新しい送風機により、火炎放射のように燃えていて、とても楽しかったです。
レンガで蓋をしても燃えていて、これは期待大だな、とおもいました。

0531竹炭少なめ.jpg

そして今日、大窯からの煙が消えていました。
福岡さんいわく、「レンガは温いからまだ中で燃えている」とのことです。
「煙が出ずに燃えるの?」と聞くと、落ち込まれたので謝罪しました。
今日は小窯に火を入れました。

火入れ福岡さん.jpg

(境智子)
posted by 被災地NGO恊働センター at 11:53| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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