2011年06月07日

【佐用の森便り】No.4

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。スタッフ福岡洸介とともに、竹炭窯に火入れしたときの様子です。できあがりは如何に…?
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5月24日:初めての竹炭焼き
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前回(【佐用の森便り】No.3参照)の野菜植えの後に、佐用町の町営宿舎、笹ヶ丘荘で竹炭焼きを行いました。何もかもが初めてなので、「火を入れるだけ」という福岡さんの言葉に気軽な気持ちで向かいました。フロントで受け付けの方にご挨拶して、倉庫の鍵をお借りしました。急斜面を上り、倉庫でチェーンソーと付属品の用意を調えて、いざ窯へ。

5月22、23日に、佐用で活動している学生団体チャコネットさん達が、小窯(竹炭窯)一つと人が3人ぐらい入りそうな大窯(木炭窯)に竹を詰めていてくれていました。とてもありがたいことです。まずは大窯に火を入れ、その火種を小窯へ移す作戦のようです。小枝を拾い集めて、焚き口に置き、ガソリンをかけました。福岡さんによると、枝から竹への延焼が竹炭焼きの基本だそうです。丸めた新聞紙に火をつけて、投入!何度か外れましたが、無事に枝に火がつきました。

0524火入れ.jpg

しかし、なかなか竹には火がつかず、枝が燃え尽きるだけでした。すでに一時間ほど試行錯誤していて、二人の気力も減少してきました。ここで送風機の出番です。見違えるように、よく燃えました。経過は順調なので火種を小窯に移し、小窯は私が担当になりました。

0524火入れ4.jpg

枝をくべながら団扇で扇ぐだけのこと、なのに炎はすぐに弱まります。しかも、わざとではないのですが、団扇をレンガにぶつけて破壊してしまいました。とりあえず、箒で扇いでいましたが、炎も私も力尽きました。

大窯では、送風機が故障により停止というハプニング。炎は少し弱まっていましたが、勢いはありました。二人ともすでに精神的疲労度が最大なので、とりあえず大窯の前でしばらく炎を見守ることに。30分ほどしても炎は健在でしたので、レンガで火口を塞ぐことになりました。赤土に水を混ぜて耳たぶ程度の柔らかさの粘土を作りました。これをレンガの隙間につめて不要な空気が入り込まないようにするのです。しかし、空気穴を一カ所だけつくらないといけません。すすと煙に目と咽が痛みながらの、レンガつめは過酷でした。

0524火入れ5.jpg

詰め終わってみると、空気穴からの煙が出なくなっていました。本来はまだまだ中で燃えているはずなのですが。「・・・・・・。とりあえず今日はこれで帰ろう」暗い気持ちで片付けを終え、窯を後にしました。

笹ヶ丘荘の正面玄関はもう閉まっていましたので、裏口から鍵を返しに行きました。支配人さんが驚きながら、応対して下さいました。「失敗したかもしれません」と福岡さんがいうと、「焼けてなかったら、またもう一回焼いたらいい」と言って下さいました。おかげで沈んでいた気持ちが持ち直しました。皆さんから支えられてばかりですが、少しでもお返しできるように次回も頑張ろうと思えました。
(境智子)

posted by 被災地NGO恊働センター at 16:23| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

【佐用の森便り】No.3

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。
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5月24日:野菜植え
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 5月18日に私たちが参加した「ふれあい茶会」で自治会長さんが野菜植えの手伝いを募集されていたため、それに参加させていただきました。奥海の集会所の近くの畑です。

 待ち合わせギリギリ到着した私達を温かく迎えて下さった、自治会長さんたち。今回は、4人で約40個の大豆の苗を植えました。前日の雨では畑がぬかるんでいて、少し不安をおぼえながら、長靴と、軍手をお借りして、畑へ。
 まず、雑草避けに黒シートを盛り土の上に被せるのですが、それを留めるにも四苦八苦。次に、シートの上からシャベルで穴をあけ、殺虫剤用の農薬を入れた後に、苗を植えました。
 文章にすると簡単なようですが、ここまでに一時間以上かかりました。生粋の運動音痴の私にはなかなかハードルが高かったようで、ぬかるみに転ばなかったこと奇跡のように思えました。

 休憩に入り、自治会長さんからジュースと桃焼き(桃の形をしたたい焼きのようなお菓子)をいただきました。美味しかったです。合間の雑談タイムに色々教えて下さいました。
 農作物の敵は、猪、鹿、熊などの大型動物だけでなく、地中動物、鳥、虫などた多種多様であること。
 費用の関係もあり、効果的な対策方法がないこと。
 昔は、300人ほどがこの奥海に住んでいて、運動会がとても盛り上がり楽しかったこ
と。
 住人で奥海についてのワークショップを行い、皆が参加していたこと。
 今は最年少の方が高校一年生で少子高齢化が進み、世帯数は50未満であること。
 少し前に、山の向こう集落・若洲には誰もいなくなったこと。
 そこの学生村から奥海に通っていた学生が、しばらくしたら来なくなったこと。

 奥海に生える、ミツマタという木から作った紙を見せて下さいました。紙幣にも使われている水に溶けない紙です。一枚一枚に個性あり、ヨモギや炭を含ませているのもありました。

桃の袋被せも手伝って、と仰って下さったので是非!と言ったら、一本100個位あるから(笑)と言われたり。その程度でめげる私達ではありませんから、もちろん「お手伝いさせて下さい」、と伝えました。6月下旬頃からとお聞きしましたが、どうなるでしょうか。連絡を待っておりますが、今から楽しみです。

休憩後は、交代しながら水路をクワで掘っておしまいです。クワを扱うのは初めてですが、土にめり込むのが小気味よかったです。お借りしたものをきれいな溝で洗ってお返した後、お別れしました。

0524野菜植え.jpg

 ありがとうと仰って下さいましたが、私達の方こそ奥海のことと農作業の大変さを教えて下さって、本当にありがとうございました。

奥海や佐用のために何が求められているのか、何ができるのか。まだまだ手探りの状態ですが、少しずつでも力になれたら嬉しいです。
(境智子)
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:33| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

新章【佐用の森便り】No.1

被災地NGO恊働センターです。

6月26日より、兵庫県佐用町での山林整備事業を再開いたします。
それにともない久しぶりの現地レポートとなります。
社会福祉協議会の江見さんにご尽力いただき
代表の村井、佐用町出身のFくん、新スタッフの境さんが
奥海(おねみ)地区へご挨拶に伺いました。

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5月18日、奥海 挨拶まわり "Fくん"
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6月26日から再開となる佐用町での山林整備事業のため、奥海(おねみ)に行ってきまし
た。
神戸の事務所で働く私にとって初の出張で、それが事業のための挨拶まわり──と言えば
不安を抱いた新人営業マンのようですが、私にとっては久々の地元です。汗ばむほどに晴
れ渡った空の下、慣れた道を愛しのマイカーで思う存分走り回ってきました。

しばらく見ないうちに山は緑に染まり、空は青く、信号の少ない道を走れば隣で川面がきらめ
く。我が故郷・佐用町とは、少年時代に見た夏の風景のようなところでしょうか。
そんな事を考えていると、指示器を点灯させずに左折するもみじマークに追突しかける、そ
れもまた佐用町です。

さて、奥海についての説明になりますが、ここは旧佐用町(現在の佐用郡佐用町は、佐用郡
内にあった「上月」「南光」「三日月」「佐用」の四町が合併している)にあたり、峠ひとつ越え
ればそこは岡山県。かつて宿場町として栄えた平福とは遠く離れていたせいもあり岡山県側
との交流が深く、数十年前までは岡山県として地図に載っていました。
古い文献を紐解くと、奥海は今でこそ山の中だがかつては海の底であった、千年前にはこの
場所に神を祭り人々が住んでいたなどと、驚くべきストーリーがいくらでも出てきます。
ですが現代人にとってもっとも驚くべきなのは、「熊や猪が歩いとってもワシら通報せぇへん。
奴らの姿を見ん日のほうが少ないで、いちいち通報しよったらキリがない」と語られる奥海の
日常でしょう。

自然の驚異を身近にしながら生きる奥海の人々は、しかし実に穏やかです。
一回目こそ地元行政からの紹介がないと立ち入りにくいものがありますが、何度か足を運ぶと
親身になってくださり、協力を惜しまない心の広さがあります。土地もまた山奥の村落です
が、ひらけた谷間に広大な田畑があり、狭苦しさを感じさせません。

佐用町の水害の原因は山林の整備が十分でないからである、と始めた間伐作業を指導して
くださったのは、奥海に住む安本さんです。昨年まだ暑い時期から安本さんの下で知識と技
術を学んでいたのですが、雪が積もる冬は危険であるため間伐ができません。
そのため4月から再開の予定だったのですが、直前に起こった東日本大震災への注力のた
め、再開が遅れました。
今回はそのことをお詫びし、6月からまたよろしくお願いいたしますと挨拶を行う予定だったの
です。

社会福祉協議会の江見さんに手配をしていただき、奥海に行ったのは代表の村井、私、先
月からアルバイトスタッフとして手伝いに来てくれている境さんです。
境さんは私と同年齢の女性ながら、東日本大震災を機に被災地救援のNGOの世界を知り、
単身飛び込んできたという熱い心の持ち主です。

代表自ら出向き、強力なパートナーまで同行してくれた今回、私が奥海でどう動いてきたの
かというと──お茶会に参加して土産にお菓子を貰って帰りました。これから何度も通います
が怪しい者ではないですよ、という顔見せでしたので、活躍は今後にご期待ください。
でも、恒例のお茶会に乱入してバナナを食べて名刺を置いて帰った青年は、忘れ得ない怪
しい印象を残したかもしれませんね!

改めて今後の活躍にご期待ください。


 ※なお、ここでいう山林整備事業とはトヨタ財団2010年度地域社会プログラムの助成を受
けて活動しているものです。


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20110518140655.jpg

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posted by 被災地NGO恊働センター at 11:29| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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