2011年07月27日

【佐用の森便り】No.11

先日からご案内しております、兵庫県佐用町における
“奥海(おねみ)の森 地元学実践塾”開講をめざして
講座(座学、間伐作業、木工細工づくりなど)を行います。

初回は8月7日(日)13時より下記の要領で開催します。
なお、当日の午前中には間伐作業も行いますので、
ご希望の方はぜひ一緒に汗を流しましょう。
7:00に神戸を出発、9:00に奥海での作業開始です。
詳しくは村井までお電話下さい(090-3160-4816)。

みなさま、ふるってご参加ください。お申し込みをお待ちしております。

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第1回(座学)
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◆場所:佐用町上石井「奥海公民館」(兵庫県佐用郡佐用町奥海)

◆日時:2011年8月7日(日)午後1時より午後4時半まで

◆講師:
○テーマ:「佐用水害を教訓に、山の大切さを学ぶ」
庵逧 典章 (佐用町長、佐用森林組合理事長) 

○テーマ:「森・川(里)・海が連環した地域再生と国土づくり」
松本 誠 (元武庫川流域委員会委員長)
プロフィール
市民まちづくり研究所所長、元・神戸新聞編集局調査研究資料室長
 神戸新聞社で36年間の記者活動などを経て2003年2月退社後、明石市に市
民まちづくり研究所を開設。環境問題やまちづくり、地域経済、地方自治などを
専門分野とし、最近は自治体の危機管理や議会改革、市民主体のまちづくりや
分権時代の自治体のあり方等についての講演や職員、議員研修の機会が多
い。
 神戸学院大学客員教授、関西学院大学・桃山学院大学・神戸国際大学等の
非常勤講師も務める。市民活動団体「まち研明石」、明石まちづくり市民塾、市
民自治あかし各代表。集合住宅維持管理機構副理事長。自治・分権ジャーナ
リスト関西の会事務局。CODE海外災害援助市民センター理事。
 1990年代初めから川づくり関係の提言や委員会に携わることが多く、旧佐用
郡南光町の「川を活かしたまちづくり会議」や「千種川流域(赤佐)まちづくり協
議会」を発足させて流域自治体とともに「千種川中流域からの提言〜参加と連
携の時代」等を取りまとめた。河川法改正後の兵庫県最初の住民参加の河川整
備計画づくりになった千種川委員会の委員長代理、同鞍居川部会の部会長、
武庫川ダム計画を白紙に戻して「ダムに依存しない川づくり計画」を取りまとめた
兵庫県の武庫川流域委員会委員長も務めた。
また、千種川圏域清流づくり委員会の発足に関わるほか、この7月に発足した武
庫川流域圏ネットワークの特別顧問も務める。

*お申し込みは、被災地NGO恊働センターまでお願いします。
*この講座は、佐用町社会福祉協議会の後援を頂いております。

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〜代表メッセージ〜
“奥海の森 地元学実践塾”の開講を目指して、ゆるやかに歩みます!!
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 “奥海の森 地元学実践塾”とは、兵庫県佐用郡佐用町の最北端に位置する
「奥海集落」をその活動の拠点とするものである。2009年に甚大なる水害に見
舞われた佐用町の苦い経験を契機に「水害の根本的原因を究明する。」ことを
肝に銘じながら、豊かな恵みをもたらす自然が一方でこうして牙をむき出し、人
を、人家を、田畑を襲うという現実から逃げ出すことなく、山・川・海のつながりの
中で自然との共生をはかることが、実は水害から人を、村を、町を守ることになる
という根本的な理念を理解することになるということを、1000年に一度というサイ
クルで襲った未曾有の東日本大震災と向き合うことであらためて気づかされた。

 昔は奥海集落を含む石井地区は、「石井木炭」というブランドを持ち、大阪圏
を中心にエネルギーを供給してきた時代があった。また、水道が整備されていな
い時代に、この奥海集落は当時の旧佐用町の水源を守っていたという歴史も
あった。豊かな山の恵みによって人々の暮らしが成り立っていた時代から、今や
「限界集落」となる寸前にまで様変わりをし、やがてゆっくりと「消滅集落」となる
厳しい現実を受け止めなければならない時が来る。

 しかし、「秋祭り」の日に奥海神社に御輿を奉納する一年に一度の恒例行事を
通して、1000年以上の歴史を刻んできた奥海神社と集落の歴史が、笛と太鼓
の音色とともに蘇ってくるだけに、若者が集落から出て寂しくなる現実はよりいっ
そう厳しいものがあるが、たんたんと、かつ懸命に生きている集落の人たちの暮
らしがある以上、「佐用の水害」を契機に奥海とつながった私たちは可能なかぎ
り寄り添っていきたいと静かに誓っている。

 まず山を守ることが、水害被害を軽減することになり、山の恵みによって川が潤
い、山・海に育てられた滋養のある栄養分が、やがては海に流れ込むことによっ
て海の幸が育つという循環型サイクルを考えると、流域全体で取り組む水害から
の減災システムを構築しなければならないだろう。

 そのためには先人の取り組みから学び、地域のコミュニティづくりから学び、地
域の暮らしそのものから学ぶというスタイルの「地元学」を確立し、山林整備や畑
での手伝い、または日頃の地域の行事に惜しみなく参加し、地域の人たちととも
に地元学を実践していく。こうした学びと実践によって、「奥海の森 地元学実践
塾」を開講する。

2011年7月17日
被災地NGO恊働センター 代表 村井雅清

*このプロジェクトは、トヨタ財団2010年度地域社会プログラムからの助成をい
ただいています。プロジェクト名は「兵庫県佐用町の山林整備を通して地域に
おける学びの場、育ちの場を形成する人材育成プロジェクト」です。
posted by 被災地NGO恊働センター at 16:17| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月25日

【佐用の森便り】No.10

被災地NGO恊働センターです。
7月22日、佐用町奥海で間伐を行いました。
代表・村井のレポートです。
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<佐用町奥海の山林整備活動レポート>
大ベテランのプロでも、毎回初対面!?
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 先日22日、フィールド研修基礎講座として兵庫県佐用町奥海の山林整備活動に行ってきました。場所は奥海からさらに岡山との県境近くまで上がったところです。基礎講座研修生は私を入れて生徒は3名。私がチェーンソーを持つのは去年の秋以来で、実は実際に20メートル以上あるような木を切るのは初めての経験でした。超ベテランの山守さんでも、切ろうとする木は「いつも初対面です。」とおっしゃいます。二つと同じ木に出会うことはないということ、毎回木を切ろうとするときの状況は違うということです。だから「油断するな!」「気を抜くな!」「木は生きている!」と強調されます。

P1150994_s.jpg

 一本一本の木を切るにあたって、懇切丁寧に指導をしてくださる山守さんですが、事故のないように常に注意をはらう目配りはさすがです。丁度私と山守さんとが木を伐ろうとしていたときに、下で他の二人がチェーンソーの修理をしていました。「ヨシ、切ろう!」と選んだ木からは相当離れたところで修理をしていたので、「私は大丈夫だろう!」と思っていたのですが、それでも山守さんは「もっと後ろに下がって!」と注意を促し、それから私はいきなり30年程の年輪を刻んだ木を伐らせて頂きました。「えっ、こんな立派に成長した木を、私のようなど素人が伐っていいのだろうか?」と緊張しながら作業に取りかかりました。

P1150913_s.jpg P1150952_s.jpg

 普通間伐するような細身の木の場合は、地面からせりあがった株の上から切るとその場で倒れていくのですが、30年ものくらいになると、頭(木の上の部分)が重たいから木自身の重みで少し飛ぶように倒れていくのです。だから、これくらいで大丈夫と離れていても、飛ぶように倒れる分だけ遠くに倒れるから注意が必要なのです。
 
 それにしても、こうして木を切る醍醐味というのは、一度味わうと病みつきになりそうなくらいのど迫力です。木と木の間が3メートルほどしか空いてなくても、見事にその間に倒していくことができるのです。自分の思うように倒せたら、なかなかの快感です。逆に失敗すると山守さんにご迷惑をかけます。それでも指導がよければ、初体験者でも曲がりなりに切ることはできます。だから「油断するな!」と注意をされるのでしょう。

 もちろん山守さんは自由自在に操ります。「お見事!」という振る舞いです。帰りに別の「檜(ヒノキ)の山」を見せて頂きました。見事な檜が成長しているのですが、すでに立派な檜が間伐されています。ここの山主さんは「ログハウスを建てるから」と長いまま山に寝かせています。間伐したあと、短く切った檜はそのまま山においています。残念ながら場合によってはそのまま腐ってしまいます。檜だけに「え〜、なんと勿体ない!!」と叫んでしまいました。一度間伐して、5年後にまた間伐するとかなり良質の檜が育つそうです。一つ丸太椅子にしようと頂いて来ましたが、木の皮を剥ぐとほんとにすばらしい香りと木肌をしています。

P1150997_s.jpg

 そういえば昨年9月の新月に切った杉の丸太を事務所に持って帰っておいていますが、いい味を出しています。幸い当NGOには少し庭がありますので皮付きの丸太の上に、植木鉢をおいておくとかなりいい感じです。なかでも2007年の能登半島地震後に輪島の朝市で買ってきた「レンゲショーマ」がかなりいい雰囲気を醸し出しています。みなさまも、一度奥海の森で間伐に汗を流しませんか。そして、少しならおみやげに間伐材を持って帰ることが出来ます。
(村井雅清)

■次回の間伐作業は、8月7日(日)午前7時 被災地NGO恊働センター集合・出発です。
*レンタカーで行きますので、必ず事前に電話などで連絡をください。
(村井雅清まで。携帯電話 090−3160−3816)
なお、この日は午後に座学での講座があります。
詳細は追ってお伝えします。

posted by 被災地NGO恊働センター at 16:41| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

【佐用の森便り】No.9

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佐用町・奥海の山での間伐作業再開について
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7月22日(金)、兵庫県佐用町の最北端に近い「奥海(おねみ)の山」での間伐作業を再開します。佐用町森林組合作業班(通称 山守り)佐用町出身の当団体スタッフ福岡洸介を中心に計3名で行います。

 2009年兵庫県佐用町を襲った豪雨水害支援をきっかけに佐用町に入り続け、今年の2月、「佐用町復興支援」と銘打って「竹炭祭り」を佐用の地で開催したところ、約1,000の人たちが参加してくださり、佐用の人たちを大いに元気づけることができました。その後3年目の佐用町との関わりを継続していかなければと考えていた矢先に、東日本大震災が発生し当団体もしばらくそちらにエネルギーを注いでいたために、実質佐用での活動を休止していました。

 ところが5月末頃に、東日本の被災家屋の床下に竹炭を入れてあげれば、「脱臭・調湿」の効果もあり、喜ばれるのではないかと思い始めたときに、偶然宮城県石巻から「竹炭を公民館の床下に入れたいので提供してくれないか」というご依頼がありました。そこで6月はじめから佐用町上月(こうづき)竹炭組合の指導のもと竹炭を焼き、約1トンを石巻に運びました。

 この活動をきっかけに、「水害の原因は山が管理されていないからだ」と言う気づきのもと佐用町の最北端に近い「奥海(おねみ)」集落で間伐作業などの山林整備活動を再スタートさせました。水害に対処するには山だけではなく、川そのものとの向き合いも必要になり、やがて海へとつながっていくという総合的な理解をしていかなければ、水害による被害を軽減することはできないという結論に至り、これまで以上にまず奥海集落に関わることの意義と奥深さを感じています。

 また同時に未曾有の東日本大震災を受けて、あらためて自然の驚異を思い知らされました。佐用水害をきっかけに佐用の山林あるいは川と向き合っていると、自然との共生、共存そして災害とのつきあい方、さらに少子高齢化社会における「限界集落」の厳しさなどがひしひしと身にしみて来ます。まだまだ「入り口」にも行き着いていないのですが、どうもこれから変遷していく奥海の姿と東日本の復興の姿が重なって見えてくるような気がしてならないのです。

 是非みなさん、これからの佐用町での復興支援活動に積極的な参加をお願いします。

2011年7月21日
被災地NGO恊働センター 村井雅清

*なお、この奥海での活動は、“奥海の森 地元学実践塾”開講を目指しての活動と位置づけており、トヨタ財団2010年度地域社会プログラムからの助成をいただいています。
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:08| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月15日

【佐用の森便り】No.8

6月26日に兵庫県佐用町での山林整備事業を再開しました。
再開初日、佐用町奥海(おねみ)集落の山守さんのお話を聞きました。
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

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6月26日 奥海集落の山守・Yさんからのお話
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1993年に町全体が水道に加入することが求められましたが、各谷に豊かな川を持つ奥海の住人は不要であると強く反対しました。このときの奥海の川は旧佐用町の水源の一部を担っているほどだったのです。

その二年後の1995年に奥海に戻り自治会長になられたYさんは、今後を考えて、まず各戸に対して単独水洗トイレ(浄化槽)の設置を求めました。住民は、例え浄化しても川に屎尿を流すことに反対していましたが、やがてYさんの説得に応じてくれました。また、この頃、木が間伐されずに成長したために川の水量が減少していたため、集落全体が町水道に加入したくなったそうです。ですが、町水道側は今更奥海に水道整備は出来ないと断られてしまいました。関係機関に赴き何度も交渉した結果、佐用の水源を汚さないことに貢献している単独水洗トイレ(浄化槽)が評価されて、他の集落よりも安価に水道を設置することができました。

奥海、若洲(現在は無人集落)、上石井、下石井の四地域をまとめて石井地域と言います。昔、石井木炭といえば近畿において有名で、木炭400俵を焼けば一年間家族が食べていけるほどでした。しかし、ガス・灯油の普及により、炭の需要は落ちていきました。

そして、国の推奨するスギ・ヒノキの植林が始まったのですが、奥海では台風により倒れたり、外材に押されて採算がとれなくなりました。昔は、4トントラック一杯で40〜50万円程だったそうです。他に推奨される事業に手を出した方(10年後に借金が残るだけという方が多かったそうです)や、働きに出る方(Yさんはこちらでした)が出てきました。スギ・ヒノキの価値を信じる方に山は売られ、木の手入れがされず風倒木も多くなりました。こうして、山を省みる人は少なくなりました。

奥海を出てしまう方が多くなって、石井木炭で繁栄していた時は300人以上いた人口が、現在では100人を切ってしまいました。奥海の秋季大祭といえば露店組合が来るぐらいに賑わっていましたが、現在は役員たち数人が獅子舞を奉納するだけになってしまいました。

Yさんは奥海の山約3000ヘクタールの内、1000ヘクタールほどを管理されています。1990年代の頃は山番に地主から給金が出ていましたが、山の価値が下がったため出し惜しむ方や、Yさんに山を譲るという方もいらっしゃるようです。

こういう状況は各地で見られるため、国・県で資金を出し合って個人負担無しで間伐を行うようになりました。それは、良木を育てれば100年以上後に利益が出るのでは、という途方もない希望をかけているからです。現在でも、樹齢が高く太い木は高値で取引されているからです。

間伐作業の写真を見せてもらいましたが、こんなにも密生していることに驚きました。作業後の日光の入り具合が大分違ってくるので、木の生育が楽しみです。昔は、人口がたくさんいたと何度か聞いていましたが、その時代の具体的な生活は始めて聞きました。エネルギー事情の変化と国に翻弄されてしまった集落はここだけではないと思います。国の推奨事業に手を出すのは、少し怖いと思いました。安さ・便利を追求するばかりでなく、足元をよく見て何が大切なのか考えて行動していきたいです。
(境智子)
posted by 被災地NGO恊働センター at 00:00| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

【佐用の森便り】No.7

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

スタッフ福岡洸介は竹炭焼きに汗を流しています。
境は先日、町の方々とのお茶会に参加しました。
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6月15日:二度目のお茶会
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スタッフ福岡が炭焼きに集中している間、私一人でコミュニティの人たちが集まるお
茶会に参加しました。道に迷い、狭く見通しの悪い道に怯えながら、どうにか集会所
に到着。
2011_0615奥海の皆さん.jpg

自治会長さんと民生委員の方へのご挨拶もそこそこに、持参したお土産のお菓子を
渡しました。みなさん喜んで下さって、こちらも嬉しくなりました。竹炭焼きの話をお聞
きしたり、間伐材の利用法について相談したりしました。民生委員さんは薪でお風呂
を沸かしているそうですが、やはり質の良い木の方が保ちや火力がよいとのことです。
新たな課題ができてしましました。

お話も一段落ついた頃、くじ引き大会が始まりました。皆さん賑やかに、番号を言って
下さいます。探すのも一苦労です。一番人気の賞品はバケツでした。当てた方は皆
からうらやましがられていました。記念に一枚。私に「ほら、おねえちゃんが真ん中い
きなよ」って仰って下さった方も。最初よりも笑顔がいっぱいで、絆が深まったでしょう
か。

ここで社協のEさんのご登場です。お忙しいのにわざわざ来て下さいました。くじ引き
大会に間に合わなかったのですが、せっかくなので私が当てた賞品を差し上げまし
た。そろそろ良い時間なのでお開きです。26日に行う足湯に参加をお願いしました。
お片付けにも参加させてもらえて、少しずつですが受け入れてもらえているような気
がしました。

ついでに5月24日に植えた大豆の様子を見に行こうと思っていたら、自治会長さんか
らお誘い下さいました。なんと、ダムにも連れて行って下さるとのことで、喜んでついて
行きました。大豆は大分大きくなっていました。雑草よけをしている方が成長が良かっ
たです。キュウリは小さな実ができていたし、トマトも小さな青い実ができていて、夏
休みに小学生が採りに来るまで保つかなあと仰っていました。
2011_0615大豆比べ.jpg

お礼を言いながら、奥海を後にしました。兵庫出身でもない私が受け入れてもらえる
か不安でしたが、杞憂だったみたいです。きちんと真心を込めれば、世代に関係なく
仲良くしてもらえるのだなあと、初夏の山中で思いました。26日の足湯も楽しみです。
(境智子)
 7
posted by 被災地NGO恊働センター at 15:23| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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