2011年06月15日

【佐用の森便り】No.6

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。

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6月3日:奥海の安本さん
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奥海の安本さんにお会いしに行きました。
この方は山守りさんで、昨年も間伐のご指導をしてくださいました。
美味しいスイカを頂きながらのお話はどれも面白く、ずっと聞いていたくなりました。
安本さんのつくるお米があまりにも美味しくて、とても人気であること。
奥海の山は昔からの伝統で、留山にしないとのことだったが、それに乗じた奥海以外の「松茸狩りの人によって根こそぎ松茸を掘り起こされたこと。
芋や筍などの農業のこと。
ブラジルで大成功しているご親戚の方のことやブラジルへ移住した日本人のこと。

夜は、佐用の南光地域福祉センターで、災害ボランティアについての報告会に参加しました。
社会福祉協議会の方からお誘いいただきました。一番衝撃的だったのは、冊子に当団体の「まけないぞう」への協力をお願いする内容が記載されていたこと。もう、どれだけ感謝すれば良いのかわかりません。本当にありがとうございます。

会の内容で印象に残ったことは以下です。
銀行の引き出し等の手続きが手作業で行われているため待ち時間がとても長く、義援金が手元に届かないこと。
そのせいで、避難所内で経済的格差が生じていること。
ボランティアを受け入れる体制がととのっていなかったために、ボランティアの制限を行ったこと。

(境智子)
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2011年06月13日

【佐用の森便り】No.5

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。
スタッフ福岡洸介とともに、竹炭窯に火入れしたときの様子の続報です。

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6月1日:再度の火入れ
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5月27日に福岡さんが小窯に火を入れておいてくれていたので、昨日それを開けました。
初めて見る窯から出したての炭に、感動しました。
また、案の定生焼けだった大窯に、もう一度火をいれることにしました。
竹炭組合の福井さんと内海さんが来てくださいました。
大窯はしたことがないそうですが、色々なアドバイスを下さいました。
新しい送風機により、火炎放射のように燃えていて、とても楽しかったです。
レンガで蓋をしても燃えていて、これは期待大だな、とおもいました。

0531竹炭少なめ.jpg

そして今日、大窯からの煙が消えていました。
福岡さんいわく、「レンガは温いからまだ中で燃えている」とのことです。
「煙が出ずに燃えるの?」と聞くと、落ち込まれたので謝罪しました。
今日は小窯に火を入れました。

火入れ福岡さん.jpg

(境智子)
posted by 被災地NGO恊働センター at 11:53| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

【佐用の森便り】No.4

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。スタッフ福岡洸介とともに、竹炭窯に火入れしたときの様子です。できあがりは如何に…?
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5月24日:初めての竹炭焼き
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前回(【佐用の森便り】No.3参照)の野菜植えの後に、佐用町の町営宿舎、笹ヶ丘荘で竹炭焼きを行いました。何もかもが初めてなので、「火を入れるだけ」という福岡さんの言葉に気軽な気持ちで向かいました。フロントで受け付けの方にご挨拶して、倉庫の鍵をお借りしました。急斜面を上り、倉庫でチェーンソーと付属品の用意を調えて、いざ窯へ。

5月22、23日に、佐用で活動している学生団体チャコネットさん達が、小窯(竹炭窯)一つと人が3人ぐらい入りそうな大窯(木炭窯)に竹を詰めていてくれていました。とてもありがたいことです。まずは大窯に火を入れ、その火種を小窯へ移す作戦のようです。小枝を拾い集めて、焚き口に置き、ガソリンをかけました。福岡さんによると、枝から竹への延焼が竹炭焼きの基本だそうです。丸めた新聞紙に火をつけて、投入!何度か外れましたが、無事に枝に火がつきました。

0524火入れ.jpg

しかし、なかなか竹には火がつかず、枝が燃え尽きるだけでした。すでに一時間ほど試行錯誤していて、二人の気力も減少してきました。ここで送風機の出番です。見違えるように、よく燃えました。経過は順調なので火種を小窯に移し、小窯は私が担当になりました。

0524火入れ4.jpg

枝をくべながら団扇で扇ぐだけのこと、なのに炎はすぐに弱まります。しかも、わざとではないのですが、団扇をレンガにぶつけて破壊してしまいました。とりあえず、箒で扇いでいましたが、炎も私も力尽きました。

大窯では、送風機が故障により停止というハプニング。炎は少し弱まっていましたが、勢いはありました。二人ともすでに精神的疲労度が最大なので、とりあえず大窯の前でしばらく炎を見守ることに。30分ほどしても炎は健在でしたので、レンガで火口を塞ぐことになりました。赤土に水を混ぜて耳たぶ程度の柔らかさの粘土を作りました。これをレンガの隙間につめて不要な空気が入り込まないようにするのです。しかし、空気穴を一カ所だけつくらないといけません。すすと煙に目と咽が痛みながらの、レンガつめは過酷でした。

0524火入れ5.jpg

詰め終わってみると、空気穴からの煙が出なくなっていました。本来はまだまだ中で燃えているはずなのですが。「・・・・・・。とりあえず今日はこれで帰ろう」暗い気持ちで片付けを終え、窯を後にしました。

笹ヶ丘荘の正面玄関はもう閉まっていましたので、裏口から鍵を返しに行きました。支配人さんが驚きながら、応対して下さいました。「失敗したかもしれません」と福岡さんがいうと、「焼けてなかったら、またもう一回焼いたらいい」と言って下さいました。おかげで沈んでいた気持ちが持ち直しました。皆さんから支えられてばかりですが、少しでもお返しできるように次回も頑張ろうと思えました。
(境智子)

posted by 被災地NGO恊働センター at 16:23| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

【佐用の森便り】No.3

6月26日からの兵庫県佐用町での山林整備事業再開に向け、
現地で活動している境智子(兵庫県立大学学生)のレポートです。
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5月24日:野菜植え
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 5月18日に私たちが参加した「ふれあい茶会」で自治会長さんが野菜植えの手伝いを募集されていたため、それに参加させていただきました。奥海の集会所の近くの畑です。

 待ち合わせギリギリ到着した私達を温かく迎えて下さった、自治会長さんたち。今回は、4人で約40個の大豆の苗を植えました。前日の雨では畑がぬかるんでいて、少し不安をおぼえながら、長靴と、軍手をお借りして、畑へ。
 まず、雑草避けに黒シートを盛り土の上に被せるのですが、それを留めるにも四苦八苦。次に、シートの上からシャベルで穴をあけ、殺虫剤用の農薬を入れた後に、苗を植えました。
 文章にすると簡単なようですが、ここまでに一時間以上かかりました。生粋の運動音痴の私にはなかなかハードルが高かったようで、ぬかるみに転ばなかったこと奇跡のように思えました。

 休憩に入り、自治会長さんからジュースと桃焼き(桃の形をしたたい焼きのようなお菓子)をいただきました。美味しかったです。合間の雑談タイムに色々教えて下さいました。
 農作物の敵は、猪、鹿、熊などの大型動物だけでなく、地中動物、鳥、虫などた多種多様であること。
 費用の関係もあり、効果的な対策方法がないこと。
 昔は、300人ほどがこの奥海に住んでいて、運動会がとても盛り上がり楽しかったこ
と。
 住人で奥海についてのワークショップを行い、皆が参加していたこと。
 今は最年少の方が高校一年生で少子高齢化が進み、世帯数は50未満であること。
 少し前に、山の向こう集落・若洲には誰もいなくなったこと。
 そこの学生村から奥海に通っていた学生が、しばらくしたら来なくなったこと。

 奥海に生える、ミツマタという木から作った紙を見せて下さいました。紙幣にも使われている水に溶けない紙です。一枚一枚に個性あり、ヨモギや炭を含ませているのもありました。

桃の袋被せも手伝って、と仰って下さったので是非!と言ったら、一本100個位あるから(笑)と言われたり。その程度でめげる私達ではありませんから、もちろん「お手伝いさせて下さい」、と伝えました。6月下旬頃からとお聞きしましたが、どうなるでしょうか。連絡を待っておりますが、今から楽しみです。

休憩後は、交代しながら水路をクワで掘っておしまいです。クワを扱うのは初めてですが、土にめり込むのが小気味よかったです。お借りしたものをきれいな溝で洗ってお返した後、お別れしました。

0524野菜植え.jpg

 ありがとうと仰って下さいましたが、私達の方こそ奥海のことと農作業の大変さを教えて下さって、本当にありがとうございました。

奥海や佐用のために何が求められているのか、何ができるのか。まだまだ手探りの状態ですが、少しずつでも力になれたら嬉しいです。
(境智子)
posted by 被災地NGO恊働センター at 17:33| 佐用の森便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

【佐用の森便り】No.2

6月26日より、兵庫県佐用町での山林整備事業を再開いたします。
下準備のために地元・佐用町で活動している新スタッフ、福岡洸介のレポートです。
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5月21、22日 
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土・日曜とチャコネットの活動を手伝ってきました。
チャコネットは関西学院大学と大阪大学の学生が主体となり、佐用町の復興支援を続けてくれているボランティアグループです。活発で親しみやすいメンバーが多く、私も協働センターの人間として、また同年代の個人として公私を問わず親しくさせていただいております。同団体は女性が多く、車の運転や力仕事など私でも手伝えることがけっこうあるのですが、日曜日に限っていうと逆に手伝ってもらう形になりました。

被災地NGO恊働センター内では、佐用町から東北の被災地に竹炭を送れないかという計画が持ち上がっています。規模は違えど同じ水害に遭った被災地どうしだからこそ、この救援には大きな意味があるのではないかと思うのです。竹炭は燃料としてよりもむしろ生活補助用品として使われることが多く、とくに脱臭効果と調湿機能に優れているため、家屋の床下にヘドロが流れ込むような水害の被災地には喜ばれるのではないでしょうか。

そのため今は「質より量」の竹炭を作るため、木炭用の大窯まで使う必要があり、しんどい作業を手伝ってもらいました。たぶん縄文人の住まいよりも立派な木炭窯には、中に入って木や竹を並べるだけでもかなりの労力が必要です。いくら掃除をしても残る微小な灰が舞い上がり息ができない、重厚な石造りのため一瞬だけ中に入る作業でも暑い、天井が低いため常に中腰、インチキをかまして丸太を突っ込んでも終わりが見えないくらいデカい――という心身ともに苦しい仕様です。

それでも男2人でなんとか昼過ぎには並べ終えたのですが、火を点けるのにまた数時間かかるため、今日はこれまでとなりました。チャコネットの方々が主催するカフェに顔を出すまでは倒れられないという使命感のみで体を動かし、体力を使い果たすまで働くことはできたのですが、その成果は窯に木と竹を並べただけです。フィールドワークとは結果を焦るものではないのでしょう…きっと。

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posted by 被災地NGO恊働センター at 10:32| 佐用レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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